智恵子 抄。 高村光太郎『知恵子抄』

抄 智恵子

🌭 あどけない空の話である。 奥州花巻といふひなびた町の 浄土宗の 古刹 ( こさつ )松庵寺で 秋の 村雨 ( むらさめ )ふりしきるあなたの命日に まことにささやかな法事をしました 花巻の町も戦火をうけて すつかり焼けた松庵寺は 物置小屋に 須弥壇 ( すみだん )をつくつた 二畳敷のお堂でした 雨がうしろの障子から吹きこみ 和尚 ( おしよう )さまの衣のすそさへ濡れました 和尚さまは静かな声でしみじみと 型どほりに一枚 起請文 ( きしようもん )をよみました 仏を信じて身をなげ出した昔の人の おそろしい告白の真実が 今の世でも生きてわたくしをうちました 限りなき信によつてわたくしのために 燃えてしまつたあなたの一生の序列を この松庵寺の物置 御堂 ( みどう )の仏の前で 又も食ひ入るやうに思ひしらべました 日本はすつかり変りました。

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⚠ 愛し合う2人の名が側面に並んで刻まれており、見つめていると様々な愛の詩が思い出され胸がいっぱいに。

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🙂 知人の紹介で光太郎と出会い、1914年に結婚。 - (2019年1月1日アーカイブ分)• いきなり 内懐 ( うちふところ )に飛びこまれて わたくしは自分の不良性を失つた。

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🚒 傷心の智恵子は光太郎と共に故郷二本松を訪れた。 著書には「道程」「智恵子抄」などがある。

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😊 解説3:千鳥と遊ぶ智恵子 人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の 砂にすわつて智恵子は遊ぶ。 母や妹一家の住むのへ住居を移したが改善は見られず、(昭和10年)2月に東京のに入院した。

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👏 ふみ子:• 彼女にとっては、阿多多羅山(現在の安達太良山)のある空こそが、本当の空だったのです。